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感動寿命記事

テレビプロデューサー佐久間宣行流・人生をもっと面白くするための「選択術」

2025.12.26

MV

人生をより豊かに自分らしくすごすために大切にしたい「感動寿命」。好きなものに夢中になったり、心から笑ったり、時には涙したり——感動のある暮らしは、心の栄養そのものと言えるでしょう。だからこそ、日常の小さな感動を見逃さないために、日々心を動かすことも意識したいものです。

そんな「心が動く瞬間」を大切にしながら、キャリアを築いてきたのが、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんです。

約20年勤めたテレビ東京では『ゴッドタン』や『あちこちオードリー』、『ピラメキーノ』などの人気番組を手がけ、さらには会社員でありながらラジオ『オールナイトニッポン0』のレギュラー番組を持つなど、前例のない仕事をしてきました。45歳で独立してからはさらにフィールドを広げ、YouTubeや動画配信サービスへの進出、ビジネス書の出版、CM出演など、新しい活動にチャレンジしています。

それまでのプロデューサー像にとらわれず、独自の道を歩んできた佐久間さん。その原点となったのは、20代での2つの大きな「選択」でした。また、30代・40代でも「自身のやりたいこと」にしたがって、主体的に進むべき道を選択してきたからこそ、50代を迎えたいまも仕事・プライベートの両面でワクワクできているといいます。

今回は、そんな佐久間さんに「人生を面白くするための選択」について、振り返っていただきました。

黒いジャケットに白いインナーを着て笑っている佐久間宣行さん
佐久間宣行さん。福島県出身、1975年生まれ。1999年にテレビ東京に入社。『TVチャンピオン』などで経験を積み、入社3年目に異例の早さでプロデューサーとして抜擢され、『ゴッドタン』のプロデュース・総合演出をつとめた。ほかにも、『ピラメキーノ』『あちこちオードリー』『キングちゃん』などの人気番組のプロデュースを担当。2021年3月にテレビ東京を退社。現在は、フリーランスとして活躍している。

選択術1.不要な付き合いは思い切って断る

――今回は佐久間さんの人生における「選択術」についてうかがいたいと思います。まずはこれまでのキャリアを振り返って、ターニングポイントとなった選択を教えてください。


佐久間宣行さん(以下、佐久間):1つ目の選択は、テレビ東京に入社してすぐ。先輩からの飲みの誘いを「すべて断る」と決めたことですね。

僕が新人だった2000年前後のテレビ局には古いマスコミ業界の体質が残っていて、新人ADは終業後、ディレクターから飲み会に連れまわされることが多かったんです。最初はお付き合いしていましたが、その時間を仕事に回したかったので、1年目の夏以降はいっさい行かないことにしました。昨日まで普通にお酒を飲んでいたのに、翌日から「下戸なんで」とか言い始めて(笑)。


――新人としてはだいぶ勇気のある選択ですね。


佐久間:先輩からは嫌われるかもしれないけど、その代わりにADとして現場で役に立てるよう準備をしたり、仕事を前倒しで終わらせて企画書をたくさん書いたりしました。それでも結果が出なければ、自分にこの業界は向いていないということ。第二新卒として採用してもらえる3年以内に企画を通せなかったら転職しようと決めていたんです。

その結果、設定したタイムリミットまでに企画が通り、レギュラー番組としてはテレビ東京史上最年少のプロデューサー(当時)になれたので、選択は間違いではなかったのかなと。


――なるほど、では2つ目の選択は?


佐久間:2つ目の大きな選択は、入社3年目の頃でした。すでに売れている演者ではなく、「これから売れていく人たち」と仕事をしようと決めたんです。

当時のテレビ東京はスター芸人が積極的に出演してくれる局ではなく、「お笑いの番組をやりたいなら、別の局に入り直したほうがいい」と言われてしまうくらいでした。だったら、テレビマンとして駆け出しの自分と一緒に大きくなれる、同年代の芸人さんを探そうと思ったんです。その時に出会ったのが劇団ひとり、東京03、バカリズム、バナナマンたちで、彼らと番組をつくろうと。

飲み会を断って企画書を書くこと。これからスターになる人と仕事をすること。20代前半のキャリアにおける大きな選択というと、この2つですね。ここで自分の向かうべき道が定まったというか、腹をくくることができたのは大きかったと思います。




――どちらの選択も、それまでのテレビ東京ではあまり例のないことだったのでしょうか?


佐久間:そうですね。当時から僕は、「それまで会社が着手してこなかったことをやろう」と意識していたんです。「テレビ業界初」のことをやるのは大変ですけど、「社内初」って意外とリスクが少なく、リターンが大きいんです。社内で前例のないことをどんどんやっていけば、知見を独占できるし、自分の芸風にもなるだろうと思っていました。番組づくりも同様で、ほかの人がやらないような変わった企画書ばかり書いていましたね。

それこそ僕が手がけた『ゴッドタン』という番組から、音楽ライブや映画といった企画が派生したのですが、テレビ東京では「社内初」の仕事になりました。


――独自の番組でプロデューサーとしてキャリアを積んだのですね。30代に入ってからはどのような選択がありましたか?


佐久間:担当していた番組がある程度うまくいくと、テレビ東京の“保守本流”のチームから声がかかるようになりました。要するに、「そろそろゴールデン番組をやらないか」と誘われるわけです。

どう答えるか、悩みましたね。ゴールデン番組を積極的にやれば出世はしやすくなる。でも、自分がやりたい企画は深夜番組や夕方の子ども番組。冷静に考えた結果、自分は「出世コースに乗るよりも、ほかの人にはできない仕事を追求していくべきではないか」と思いました。ゴールデン番組をやれば短期的な社内評価は上がります。でも、独自路線を歩めば、ほかに替えが効かないディレクターになれるかもしれない。「ゴールデンを主戦場にしない」という選択は、長期的なキャリアから見ても、プラスになったと思います。


テレビ局の撮影現場。椅子に座る佐久間宣行さん。
プロデューサーを勤める番組『ゴッドタン』収録現場での佐久間宣行さん(写真提供:佐久間宣行さん)

選択術2.“自分流”を貫くためにも、社内に敵はつくらない

――組織のスタンダードから外れて“佐久間宣行流”を貫いていると、周囲から距離を置かれたり、会社にいづらくなったりしませんか?


佐久間:それはなかったですね。逆に、社内の誰とでも仲良くしていました。ゴールデン番組をやらないことも、周囲と良好な関係を築くうえでは良かったと思います。基本的にディレクターはみんなゴールデンを目指しているから「佐久間は出世コースから外れてくれた」となって、妙な対抗意識を持たれなくなるんです。

僕個人としては人から嫌われても気にしません。ただ、会社員としては好かれていたほうが生きやすいし、自分のやりたいことも通しやすくなる。社内に敵をつくる意味はまったくないなと。

特に30歳を超えてからは、「人のメンツを潰さないこと」を心がけるようになって、ゴールデン番組を断るにしても相手を不快にさせない言い方を意識していました。


――それは先輩や上司だけでなく、自分より若いスタッフに対してもそうした関わり方を意識していたのでしょうか?


佐久間:もちろんそうです。後輩や若いスタッフには、機嫌が悪いところを見せず、怒鳴ったりもしないように心がけていました。僕が下っ端の頃に嫌いだったタイプのディレクターにはならないようにしようと。

いずれにせよ、人間関係を良好にしておくと思わぬところで自分を助けてくれます。たとえば、僕は45歳の時に独立しましたが、退職後も自分が担当していた番組をそのまま続けさせてもらえました。当時のテレビ東京では異例のことだったらしいのですが、それも社内で明確な敵対関係をつくらなかったことが大きいんじゃないかと思います。


選択術3.大きな選択には、入念な準備も欠かさない

――45歳で会社を辞めてフリーランスへ転身します。かなり大きな選択だったかと思います。30代の頃から独立を意識されていたのでしょうか?


佐久間:いえ、まったく考えていませんでした。30代はとにかく、40代で勝負をかけるための武器を揃えて、代表作といえる番組をつくるのに必死でした。

たとえば、自分が将来やりたいジャンルの知見を得ること。僕はドラマとバラエティーが融合したものをつくりたかったので、30代ではドラマもいくつか手掛けました。

あとは、やはり「人」との関係づくりですね。演者もスタッフでも、気になる人がいればまずは実験的な番組で仕事をして、いずれ勝負をかける時にはそこで面白いと思った人たちを集められるようにしようと。オードリーや千鳥、ハライチなどはその頃から関係をつくっていた人たちです。




――もともと独立の意思はなかったということですが、20年勤めた会社を辞めるという、大きな選択をする際に不安は感じましたか?


佐久間:不安はもちろんありました。でも、フリーになってもディレクターとして最低限の稼ぎは入るだろうなとも思っていましたね。一番は「辞めることを誰にどう伝えるか」を考えていました。

同時に、独立に向けた準備も進めていました。企画書をとにかく大量に書いたのと、仕事が見込めそうな配信プラットフォームを思い浮かべて、企画を大量に持ち込みました。

Netflixの『トークサバイバー』も独立前に書いた企画書がベースになっています。YouTube『佐久間宣行のNOBROCK TV』もテレビ東京を退職した直後から準備を初め、3か月後に立ち上げたものです。独立前後からしっかり準備をしたことで、良いスタートを切れたのだと思います。


――準備をしっかりすることが、選択における不安の軽減につながったんですね。ラジオ『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』でも毎回準備を欠かさず臨んでいるとか。


佐久間:ラジオに関しては、僕は半年で打ち切りになるだろうと思っていました(笑)。だからこそ、すべての回で悔いを残さないように臨まなくてはいけないと。ラジオが続いているいまも、どんなに忙しくても冒頭で触れるニュースや紹介するエンタメを吟味するなど、最低でも3時間は準備に費やしています。

ラジオに関しては素人だし、自分をそんなに高く見積もってもいない。それを自覚して毎回入念に準備したことが、今年で7年目を迎えられた要因じゃないかと思います。


ラジオの宣伝パネルを背景に、マイクの前に座る佐久間宣行さん
2019年、『オールナイトニッポン0』のレギュラーに決まった時の佐久間宣行さん(写真提供:佐久間宣行さん)

――独立してからはラジオ以外に、演者としての仕事にもチャレンジされています。意識的に活動の幅を広げているのでしょうか?


佐久間:意識的にというわけではありませんが、昔だったら絶対に断っていたような仕事でも受けるケースは増えましたね。自分が「出役(出演者側)」に回ることは局員時代には考えられませんでした。

たとえばお風呂グッズのCM出演。演者としてオファーが来たので、最初は断るつもりでいたのですが、担当者が面白い人であまりにも熱心なのでお受けしました。でも、いまでもCMを見た人から結構「面白かったです」と言ってもらえるから、やってみるものだなと。

あと、ライブ出演もそうですね。東京03とCreepy Nutsが日本武道館でやるライブに出演してくれと言われて。最初は尻込みしたけど、出てみたらめちゃくちゃ面白かったです。


――新しい仕事に挑戦することで、何か発見はありましたか?


佐久間:“変わった仕事”って自分の可能性を広げてくれるんですよね。想定外の面白さや成果があるし、もしかしたら10年後の楽しい仕事につながるかもしれない。40代半ばあたりからそんな気持ちが芽生えてきて、よほど向いていないこと以外はいろいろな仕事を引き受けたほうがいいなと考えるようになりました。


選択術4.自分ならではの選択の基準を持つ

――ここまで仕事にまつわる選択についてうかがってきましたが、プライベートでの選択で大事にしていることはありますか?


佐久間:プライベートの選択の際に大事にしているのは、まず家族のことです。つまり、「その選択をすることで家族を守れるかどうか」が、つねに判断基準の最上位にあります。

僕は27歳で結婚して、30歳で娘が生まれました。当時のテレビ業界の人間としては、かなり早かったですね。でも、(業界のなかでは)若くして父親になれたことは、テレビマンとしてもプラスになったと思っているんです。


――娘さんの存在は、どのようにプラスに影響しましたか?


佐久間:2009年からスタートした子ども向けバラエティ番組『ピラメキーノ』の企画は、当時3歳だった娘に好かれたくてつくっていました。あんな大変な番組は「娘に好かれたい」という気持ちがないとやってられないくらいで(笑)。

娘が小学生になってからは、完全に僕のカルチャーの先生になりました。娘に「これからはVtuberがくるよ」と言われて、一緒に動画を見たりライブに行ったりしたことをラジオで話したら、実際にVtuberの人たちと対談をすることになったり。いまでも、アイドルなど若者のカルチャーに関する情報源はすべて娘ですね。


――娘さんとの時間で得たものが、仕事の広がりにもつながったんですね。


佐久間:そうですね。もちろん仕事を抜きにしても、単純に娘や家族との時間には価値があると感じていました。子どもって直に向き合うと面白いんですよね。

昔の子ども番組っていわゆる純真無垢なものが多かったけど、実際の子どもはくだらないこともバカなこともたくさんするし、思わず笑っちゃうようなことがたくさん起きる。子育てには大変なことも多いけど、番組づくりと同じくらい面白いぞと感じていました。


人生を楽しむには、「失ったもの」を悲しむより「いまあるもの」を楽しもう

――仕事でもプライベートでも、佐久間さんは「面白がる」ことを忘れないという姿勢があるように感じます。


佐久間:そうなのかもしれませんね。ちなみに最近は、「“おじさん”になるのは面白いんじゃないか」という仮説を立てて行動しています。歳をとるといろんな感覚が麻痺してきて、一人で行動することに対して照れや恥ずかしさがなくなるんですよ。そのことに気づいて、一気に行動範囲が広がりました。

最近は一人で大磯ロングビーチというプールリゾートに行きました。企画書づくりに行き詰まり、ふと思い立って。いまは会議もほぼリモートだから、バーチャル背景にすればどこにいてもバレないじゃないですか。ホテルのインフィニティプールでカップルが写真を撮っている傍らで、おじさんが一人プカプカ浮かんでいる状況は、われながらおかしかったですね(笑)。


――歳をとることをネガティブに感じる人もいますが、悪いことばかりでもないと。


佐久間:年齢も人生も不可逆なので、失ったものを悲しんでいても意味がない。だったら、いまあるものを楽しんだほうがいいですよね。

妻が子どもを授かった時も「子どもがいることでしか楽しめない人生」を選んだほうがいいと思ったし、歳をとって体にガタがくる悲しさを感じつつも、「“おじさん”は楽しい」という仮説を立てたら人生が本当に楽しくなりましたから。


――たとえどんな選択をしても、その時々の状況を前向きに楽しむ。佐久間さんのような考え方ができると、いつまでも幸せな人生を送れる気がします。


佐久間:もちろん僕もたくさん失敗していますし、「もっとうまくやれたんじゃないか」と後悔することもあります。でも、全部誰かに話せば大抵のことは“ネタ”にできると思うんですよね。

僕の場合はいま、ラジオという発信の場がありますけど、その前からも自分がやらかした経験を誰かに話して笑ってもらうことで、“ネタ”として消化していました。それくらいのラクな気持ちでいると、失敗すらも面白がって生きていけるのではないかと思います。


佐久間宣行流「選択術」

今回佐久間さんが語ってくださった「選択術」は以下の4つでした。

1.不要な付き合いは思い切って断る
2."自分流"を貫くためにも、社内に敵はつくらない
3.大きな選択には、入念な準備も欠かさない
4.自分ならではの選択の基準を持つ

みなさんの人生にもさまざまな「選択」の場面があるのではないでしょうか。時には、一歩踏み出すことをためらってしまうような不安もともなうでしょう。

その際には、まず佐久間さんのように「自分らしい選択の基準」を考えてみるのも良いかもしれません。
それがきっと、自分らしい人生を送るための「感動寿命」を育む第一歩になるはずです。

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